旅するインタビュー

2016年03月30日 株式会社IGLOOOO

どんな働き方、暮らし方

――日本の田舎を世界に届ける!――

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――お二人で『イグルー』という観光関係の会社をなさっているそうですが、社名の由来とどのような仕事をなさっているのかを教えていただけませんか?

小林さん(以下敬称略)「イグルーとはイヌイットの言葉で『かまくら』を指しています。仕事の内容は、大きくいうと訪日インバウンドのマーケティング需要を行っています。日本の田舎の魅力をおもに欧米の方々にお伝えする、田舎と欧米の架け橋になるような仕事をしています。

――田舎とはどういう定義ですか?

小林「いわゆる地方都市で、東京や京都のようなメジャーなものではない、むしろそれ以外のところです。日本中のまだまだいいところを発掘し、それを海外に伝えたいと考えています」

――今までの具体的な事例をお聞かせいただけますか?

小林「今、おつきあいのあるお客さんの大半が地方自治体です。たとえば、大分県や新潟県の佐渡島がクライアントです。たとえば、佐渡島は金山や日本海の綺麗な海などがありますが、日本人も知らないため、海外の人はもっと知りません。じつは佐渡島は東京から最短3時間くらいで着いてしまう、食も自然も充実したところなんです」

――佐渡はとても遠いイメージがあるので、そんなに近いとは知りませんでした。

小林「人口も減っているし高齢化もしているので、やはり観光業で食べていくことになります。ですが、海外の方にいきなり「佐渡はどうですか?」と言っても、来てもらえません。それで、日本に住んでいる外国人のトラベルライターを自社で雇い、彼らには実際に佐渡に行ってもらって、彼らの目線で記事を書いてもらっています。その取材記事をうちを通して作り、海外に発信しています。田舎の本当にいいところを海外目線で取材し、発信し、海外の方々に伝える——こうした事業を行うため、さまざまな地方自治体と組んでいます」

――それでは、ただいまサンフランシスコに滞在中で、Skypeで参加してくださっている池田さんからも、事業についてお聞かせいただけますか?

池田さん(以下敬称略)「一般的なことを言いますと、私たちは、デジタルメディアを通して観光業のコンテンツ制作をし、情報提供をしています。おもに、海外向けインターネットメディア運営事業やwebプロモーション事業などです」

池田「私たちの仕事の独自な点は、情報発信を他言語で行うことです。日本の方はなかなかアメリカ人とイギリス人の違いがわからないでしょうし、たとえば欧州の方々の文化の違いがわからないと思います。ですから、観光業を始める際にはターゲットを深く理解していただくのは大変重要なことです。たとえば佐渡島なら歴史や文化面での魅力も捉え、ターゲットをアメリカ人にするのか、中国人にするのか、スペイン人にするのかなどのコンサルティングをします。というのも、私たちは、外国人をひとくくりにするのはよくない、もっと相手のことを考えてそれに即したマーケットプランを考えていくべきだと思っているからです。こうして実際のプランニング(計画)、エクゼキューション(実行)、それらの発信を一貫してお手伝いするサービスを行っています」

――この仕事を始めるきっかけを教えていただけませんか?

小林「僕は5年くらい前までは、海外にはまったく興味がありませんでした。それが震災を機に、日本を客観的に捉え直すことになったんです。もっとほかの国のことを知らなくちゃいけないのではないか、と。それで、気になったのが中国です。中国は日本ではイメージが悪いですが、僕の友達はいい人ばかりです。それで1回行ってみようと思い。当日勤めていた会社を辞めて中国に渡り、3年くらいあちらで働いてみました」

――

DuckDuckGoの検索画面

――会社を辞めるとは、すごい行動力ですね!

小林「海外に住むことで、日本を客観的に見つめ直す機会ができました。日本人自身が持っている日本の姿と、よその国の方が持っている日本はまったく違います。たとえば、中国人に対して日本人が抱く「下品だな」などというイメージは、実際にはまったく違ったりすることもあります。そういったギャップにはいい部分だけでなく悔しい部分もあり、日本のもっといい部分を発信したくなったんです。それから、少子高齢化が進んでいく中で、日本を救ってくれるのは海外の方ではないかとも思い、日本と海外の架け橋になりたいと考えたのがきっかけです。池田とは当時、僕が中国に行ったときに出会いました」

――なんと、お二人は中国で出会われたのですね。では、池田さんがこの仕事を始めたきっかけを教えてください。

池田「私も小林と近い考えなのですが、日本の地方創生、それから、海外と日本の架け橋をする仕事をすごくしたかったんです。今私がいるサンフランシスコの親戚は日系移民で、日本人のルーツを持ちながら、日本語はまったくしゃべれず、アメリカ人として生きています。私は幸いなことに大学時代から留学して英語を勉強する機会に恵まれ、日系人に対する興味が生まれました。ルーツは同じなのに、彼らと私は考え方はまったく違い、彼らはもっとリベラルな考え方をするので関心を持ちました。アメリカからの帰国後は日本の広告代理店で働いていました」

――では、池田さんは仕事で中国に行かれたのですか?

池田「はい。2011年の震災直後、たまたま私はイギリスの代理店にヘッドハンティングされて上海で働いていました。そのあとカナダのモントリオールに移り住んでいました。海外の方の多くは日本食が大好きでお店をよく見かけますが、たいていが中国やベトナムの方が経営していて、本物の寿司ではないなと残念になったりします。カリフォルニアロールはおいしいですが、お寿司の食べ方もまったく違うので、海外の方に正しい、深い情報を届けたいと思うようになりました。そうしたことが、いずれは日本の経済を拡張させるのではないか、と」

――そこからどうやってお二人で組まれるようになったのでしょうか?

小林「僕たちが上海で会ったのは偶然で、そのときはそう親しくありませんでした。帰宅してからお互いに鎌倉に住んでいることがFBでわかり、たまたま2015年8月に同席した会合があったんです。そこで起業の話をしたところ彼女が乗ってくれて、とんとん拍子で……再会した年の12月には起業していました。池田なんて、再会した翌月の9月には会社に辞表を出していました(笑)」

――とてもスピーディな展開ですね。びっくりしました。

池田「2015年5月に帰国し、すぐ就職していたのですが、日本のカルチャーには違和感があり、起業したいと思っていたのでグッドタイミングだと辞めました(笑)」

――起業したときのオフィスはどちらになりますか?

最初からここです。鎌倉でいくつかシェアオフィスを巡ったのですが、たまたま来てくださったANTzの方が印象がよかったので即決でした。僕は実家が鎌倉で生活費を押さえたかったし、池田もたまたま鎌倉が好きで住んでいたのでここになりました」

――具体的には、どんなスタイルで仕事をなさっていますか?

小林「僕と池田で役割分担しています。僕は営業と財務、経営管理をメインにしています。営業をしている以上、お客さんが地方に多いので国内の出張も多いです。鎌倉にいるときは午前十時くらいに出社し、お客さんへの営業活動をしたり、レポート作成だったり、財務管理だったり、PCでできることをしています。月の半分くらいは出張していますね」

池田「私は海外とのコンタクトを取ることが多いです。うちのビジネスは欧米人のライターさんやアシスタントさんをたくさん抱えているので、私は、仕事の80%くらいを他言語でやり取りしています。日中はおもにライターさんとのやり取りで、年の3分の1くらいは海外にいます。また、クライアントが地方自治体が多いので、この時期が忙しくて営業が小林だけでは足りないときは、私も営業に出たりしています。鎌倉には年の半分くらいいるかな?という感じです。いるときは私も基本的にPCがあれば何でもできる仕事なので、ここでライターさんに指示をしたりアサインをしたり、コピーを作ったり、何でもやっています」

――伺っているとすごく忙しそうですが、新しいジャンルの事業だと思うので、クライアントに理解してもらうのに時間がかかったのではないでしょうか。

小林「最初の半年、七ヶ月は無収入で営業するのがしんどかったです。ですが、とあるきっかけで実績ができてからは、お客様が増えてきました。ここ3、4ヶ月でようやく明るい兆しが出て来ました。最初の半年は思い出すだけでしんどかったです」

池田「(笑)」

小林「お互いに仲良くやっていますが、最初の半年は開発にどんどんお金だけ出て行ってどんどん減っていき、なかなか入ってこないのはプレッシャーでした。」

(ANTz:お二人がしゃべらない時期があったように思います)

小林「二人でやっている以上は価値観の違いも役割分担もあります。本来ならば僕がお金を集めて来なくちゃいけない中、それができないでいました。その中でも池田はいいコンテンツを作ってくれていたので、僕の力不足へのプレッシャーがかかっていました。それで、去年の6月くらいにお互いに話し合い、営業をちゃんとお互いに協力しようということになったんです

DuckDuckGoの検索画面

――どのように改善していったのでしょうか?

小林「最初の半年は、無計画な思いつき営業を繰り返していたんです。次の半年は、池田と協力し合うようになりました」
池田「一番よかったのは、ビジネスプランを柔軟に変えていったことです。じつは今やっている事業は、当初に予定していたことと少し違うんです。最初の半年間走ってみて、お客さんのニーズや、実際に動いてどうだったかということのフィードバックを自己分析したうえで、市場が何を求めているかを考えてサービスを提供できるアウトプットをやり直しました。それが今、ワークアウトしている状態です。経営を始めて半年で見直すことができてよかったなと思っています。これからも定期的にビジネスディスカッションをし、マーケットの求めているものを考えて変えていくことが大事だと思っています」
池田「私たちの売り物の一つが、トラベルライティングといっていろいろな地方自治体を記事にしてインターネットに掲載し、それを海外のお客さんに見ていただくことです。でも、最初はそれすら決めておらず、目標とする数字だけを決めていました。トラベルライティングは、私たちみたいなインバウンドメディアは日本人が翻訳しているものが多いんです。そのせいで表現がとても日本人ぽくて、これが本当にアメリカ人に受け入れられるんだろうか、表面的な内容ではないだろうかと思っていました。ともあれ、まず最初にお客さんのところへ行ってニーズを伺って……とやっていたのですが、それではとても効率が悪いので、最初にトラベルライティングという商品を提示して、それをいかがですかと売るようになりました」

――具体的にはどのような方法でトラベルライティングをしているのですか?

池田「実際にはトラベルライターを一人派遣しています。たとえば自治体の行うモニターツアーは盛んですが、あれは十数人を団体バスに乗せてあちこち見てもらって感想を出してもらい、それをフィードバックして広告に反映させるやり方です。でも、実際には海外からの観光客はバスやJRを使い自分の足で回るので、団体バスで回るような効率のよい旅はしません。ですから、そういう点を反映させた記事にしたほうがより現実に即しているはずです。ですから、写真を撮ってほしいポイントや歴史を学んでほしいなどということはお願いしますが、基本的にはすべて自力で取材をしてもらうようにしています」

――海外の方は感じ方も違うので、その国の方が書いた記事のほうがよりいっそう信頼されますね。ところで、今も海外に行ってらっしゃるとのことですが、海外ではどんな仕事をなさっているのでしょうか?

池田「地方自治体も海外の出版物に広告を出すので、欧米ターゲットの『メディアクルーズ』といって、海外の出版社の方々に会ってコネクションを作っています。たとえばロンリープラネットを書いている人たちに自発的に地方自治体に取材に来てくれればいいのですが、それは実現が難しい話です。そのため、私が編集者たちに会ってそこから関係性を作っています。また、現地の旅行博やジャパンエクスポがあるので、そういうものにでています。そこに行くとどういう商談が出ているのか、どういう旅の仕方がはやっているのかがわかるので。あとはスタートアップ段階では必要ないのですが、いずれはもっともっと大きな仕事ができるように、シリコンバレーと仕事ができないか情報収集をしています」

IGLOOインタビュー:その②へ続く

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